東京高等裁判所 平成5年(行ケ)28号 判決 1996年3月13日
アメリカ合衆国
10013-2412 ニューヨーク州 ニューヨーク市 アヴェニュー・オブ・ジ・アメリカズ 32
原告
エイ・ティ・アンド・ティ・コーポレーション
(旧商号) アメリカン テレフォン アンド テレグラフ カムパニー
代表者
エフ ビー ルールディス
訴訟代理人弁理士
岡部正夫
同
加藤伸晃
同
井上義雄
同
岡部譲
同
臼井伸一
同
藤野育男
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 清川佑二
指定代理人
徳永民雄
同
松田昭重
同
及川泰嘉
同
伊藤三男
同
関口博
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成1年審判第12839号事件について、平成4年10月8日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、1983年2月4日に米国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和59年2月4日、発明の名称を「双方向通信線路を備えた通信端局装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をしたが、平成元年5月16日、拒絶査定がなされたので、同年8月14日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成1年審判第12839号事件として審理したうえ、平成4年10月8日、「本件審判の請求は、成り立たない」との審決をし、その謄本は、同年11月18日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項記載のとおり)
双方向性通信線路上の時分割チャネルを介して情報の同時交換をするための双方向性通信線路を有する電話端末であって、該線路は該情報チャネルから時分割されている1ビット信号化チャネルを有しそして少なくとも2つの通信モジュールを含むところの電話端末において、該情報チャネルの第1のものにおけるデータを該通信モジュールの第1のもの(例えば21)に指向させそして該情報チャネルの第2のものにおけるデータを該通信モジコールの第2のもの(例えば23)に指向させる手段、及び複数の周期的なフレームにわたって該1ビット信号化チャネルからの信号化情報を累積し、そして該信号化情報中のアドレスに従って該累積された情報を該第1又は第2の通信モジュールのいずれかへと分配する手段(例えば203)とからなる電話端末。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、特開昭58-19070号公報(以下「第1引用例」という。)及びIEEE TRANSACTIONS ON COMMUNICATIONS、VOL.COM-30、NO.9 (SEPTEMBER 1982)所収のH.OGIWARA、Y.TERADA “Design philosophy and Hardware Implementa tion for Digital Sub-scriber Loops” p.2057-2065(以下「第2引用例」という。)に記載された発明に基づいて、当業者が容易になしえたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることはできないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨及び各引用例の記載事項の認定、本願発明と第1引用例記載の発明(以下「引用例発明1」という。)との一致点及び相違点の認定は認める。
相違点(1)についての判断は争わない。
審決は、相違点(2)についての判断を誤った結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 審決は、本願発明と引用例発明1との相違点(2)、すなわち、「前者は、信号化情報中のアドレスに従って該情報を分配するのに対し、後者は、信号チャンネルSの信号が受信制御コードか接続制御信号かを識別して分配する点」(審決書8頁12~15行)について、「複数の通信モジュールのいずれかに分配する必要のある情報を伝送する場合に、該情報に分配先を識別するアドレスを付加することは、上記第2引用例にも記載されているように慣用されていることであるから、信号化情報中のアドレスに従って信号化情報を分配することは、当業者が容易に想到実施しえる程度の事項にすぎない。」(同9頁4~10行)と判断しているが、誤りである。
審決認定の第2引用例記載のもの(以下「引用例発明2」という。)は、本願発明のような加入者信号方式(電話等の端末と電話交換局との間の通信方式)とは、異なるシステムに用いられるものにすぎないものであり、本願発明の「信号化情報中のアドレスに従って該情報を分配する」構成とは無関係であるから、相違点(2)についての判断の根拠とはなりえない。
本願発明は、音声とデータ情報チャネルから時分割されている信号化チャネルを有する電話端末において、特にその信号化チャネルの構成手法を特徴としている。その構成手法とは、複数の周期的なフレームにわたって1ビット信号化チャネルからの信号化情報を累積し、そして信号化情報中のアドレスに従って該累積された情報を第1又は第2の通信モジュールのいずれかへと分配するものである。
これに対して、引用例発明2は、情報チャネルから時分割されている信号化チャネルを有しているが、信号化情報中にアドレスを含むといっても、それに従って該信号化情報を第1又は第2の通信モジュールのいずれかへと分配するものではない。
すなわち、第2引用例(甲第3号証)では、その第4図に示されているように、1フレーム(1 WORD)が64kbit/sと16kbit/sの2つの情報チャネル及び8kbit/sの信号チャネルから構成され、1つのバースト(送受信の1つの塊)中にそのフレームが20個含まれている。その20個のフレームの例えば奇数番号である10個のフレーム中の信号チャネル1ビットが累積されて10ビット信号フォーマットを構成して64kbit/s用の信号情報となっており、偶数番号である10個のフレーム中の信号チャネル1ビットが累積されて信号フォーマットを構成して16kbit/s用の信号情報となっている。すなわち、信号チャネルの2つの10ビット信号情報は、物理的に予め64kbit/sと16kbit/sにそれぞれ割り当てられているのである。したがって、再構成された10ビット信号フォーマット(第2図)中に、その情報が64kbit/s用か16kbit/s用かを判定する内容を含ませる必要はない。第2図中で、10ビット中の7ビットに対し「アドレス」として示されているものは、64kbit/s用と16kbit/s用とを判定するものではなく、例えばダイアル数字のように相手端末を指定しそれが交換機内で用いられるものであり、端末内で信号情報を2つのモジュールに分配するために用いられるものではない。
以上のごとく、第2引用例の1ビット信号チャネルは予め物理的に2つの情報チャネルの各々に割り当てられており、本願発明あるいは引用例発明1のように2つの情報チャネルに共通に用いられるものでなく、そして、第2引用例の第2図のアドレスは、その性質上本願発明の第7図の再構成信号フォーマットでのアドレスに該当するものでもないから、第2引用例は、共通チャネルの情報を端末装置内の複数の通信モジュールのいずれかに分配するための識別アドレスを示唆するものではない。
したがって、本願発明の電話端末内の2つのモジュールへ信号情報を分配するための電話端末内手段に限定された相違点(2)に係る構成を示唆していない
2 電気通信の技術分野で情報の塊(パケット)にヘッダとして宛先アドレスを付し、そのアドレスに従って交換機が情報パケットを宛先へと交換動作するものが、本願出願前慣用されていたことは認める。
しかしながら、上記の慣用技術は、本願発明のような加入者信号方式とは異なるシステムで用いられるものであるから、本願発明のシステムにおいて、直ちに適用できるものではない。
すなわち、上記のような慣用技術をそのまま本願発明の信号化チャネルの信号化情報の分配の場合に適用するとするならば、1ビット信号化情報の頭にアドレスビットを付加するのだから信号化チャネルは少なくとも2ビットで構成しなくてはならず、それでは音声専用の1ビット信号化チャネルそしてデータ専用の1ビット信号化チャネルをそれぞれ設けた場合と変わらないのであり、情報チャネルを音声とデータチャネルに共用するメリットはなくなってしまうから、上記慣用技術を引用例発明1の固有の端末構成における信号化情報に対して適用しても、本願発明のような技術的意味のあるものにはならない。
本願発明においては、1ビット信号化情報が複数のフレームにわたって累積され論理的フォーマット(特許願書添付図面第7図・甲第4号証)を形成し、そのフォーマット中にアドレスを含み、そのアドレスに従って信号化情報を分配するという手法が採られており、本願発明の「双方向性通信線路上の時分割チャネルを介して情報の同時交換をするための双方向性通信線路を有する電話端末であって、該線路は該情報チャネルから時分割されている1ビット信号化チャネルを有しそして少なくとも2つの通信モジュールを含むところの電話端末」という固有の端末構成中において、所望の作用効果を奏し適正に動作するからこそ1つの技術思想となっているものである。
したがって、上記慣用の技術は、本願発明の電話端末内の2つのモジュールへ信号情報を分配するための電話端末内手段に限定された相違点(2)に係る構成を示唆していない。
3 さらに、引用例発明1と本願発明とは同一の端末構成を採るが、第1引用例(甲第2号証)では、信号化情報はデータ端末の送信制御コードに関し、音声端末用の接続制御信号と識別できるように特別にコード化(符号化)しているとだけ説明されており(同号証4頁左下欄15~16行)、そのコード化/デコード化(復号化)の詳細は不明であり、具体化する場合の内容及びその作用効果に関する評価も不確定なものである。したがって、第1引用例の電話端末にそのようなコード化手法に代わって上記慣用技術を適用するといっても、それにより果して都合どおり本願発明に係る端末の場合にも動作するかは第1引用例の記載内容からでは必ずしも明らかではないのである。
4 以上のとおり、情報に宛先を示すアドレスを付する慣用技術は、本願発明に係る2つの通信モジュールを含む電話端末内装置で信号化情報を該通信モジュールへ分配するという限定された場合に、当然適用できるといえないのであるから、審決の相違点(2)についての前記判断は誤りである。
第4 被告の反論の要約
審決の認定判断は正当であって、取り消すべき違法はない。
1 第2引用例には、INSシステムの加入者線信号方式の構成に関して、信号チャネルのビット列にはアドレスとメッセージが含まれることが記載されており、識別が、宛先装置の前段の装置(例えば交換機)でメッセージの振り分けのために行なわれるにしろ、宛先装置において確認という形で行なわれるにしろ、該アドレスは該メッセージを分配する必要のあるいずれかの通信モジュールを識別するために付加されたものであることは明らかであるから、第2引用例の記載を例示し、複数の通信モジュールのいずれかに分配する必要のある情報を伝送する場合に、該情報に分配先を識別するアドレスを付加することは慣用されているとした審決の判断に誤りはない。
2 本願発明の電話端末は電気通信の技術分野に属するものであり、同分野においては、複数の通信モジュールのいずれかに分配する必要のある情報を伝送する場合に、該情報に分配先を識別するアドレスを付加することは慣用されていたのであるから、信号化情報の内容を判定して該情報を第1又は第2の通信モジュールのいずれかに分配する手段を有する加入者端末が第1引用例に記載されている以上、本願発明の信号化情報中のアドレスに従って信号化情報を分配する構成は、当業者が容易に想到実施できる程度の事項にすぎない。
原告は、上記の慣用技術をそのまま本願発明の信号化チャネルの信号化情報の分配の場合に適用するとするならば、1ビット信号化情報の頭にアドレスビットを付加するのだから信号化チャネルは少なくとも2ビットで構成しなくてはならず、技術的意味のあるものにはならないと主張する。
しかしながら、第2引用例(甲第3号証)のFig.2、Fig.3の記載から明らかなように、上記慣用技術を、複数フレームにわたって1ビット信号化チャネルからの信号化情報を累積して得られる信号化情報にアドレスビットを付加する場合に適用すると、アドレスビットも1ビットずつ分離された1ビット信号化チャネルで伝送されることとなり、信号化チャネルを少なくとも2ビットで構成しなくてはならないということはないから、原告の上記主張は当を得ないものである。
3 さらに、原告は、第1引用例では、信号化情報のコード化/デコード化の詳細は不明であると主張するが、審決が第1引用例の記載事項として摘示したのは、信号化情報の内容を判定して該情報を第1又は第2の通信モジュールのいずれかへ分配するという点であって、第1の通信モジュール宛か第2の通信モジュール宛かの識別がなされた後にそれぞれのモジュールでいかにデコード化されるかは、引用例発明1の認定の趣旨外のことである。
4 よって、審決の相違点(2)についての判断に誤りはない。
第5 証拠関係
証拠関係は本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 審決の理由中、引用例の記載事項の認定、本願発明と引用例発明1との一致点及び相違点の認定は、当事者間に争いがない。
また、審決の相違点(1)についての判断、すなわち、本願発明の相違点(1)に係る「その信号化チャネルが1ビットであって、複数の周期的なフレームにわたって該1ビット信号化チャネルからの信号化情報を累積して信号化情報を得ている」構成は、引用例発明2から公知であるから、この相違点に発明の存在を認めることはできないとの判断(審決書8頁18行~9頁2行)は、原告の認めるところである。すなわち、引用例発明1に、この公知の構成を加えることは、当業者が容易になすことができるものというべきである。
そうすると、引用例発明1において、この公知の構成を採用した場合、累積して得られた信号化情報は、いずれかの宛先に伝達されるべきことは当然のことであるから、その宛先を識別するための手段を必要とすることもまた、当然のことと認められる。
そして、電気通信の技術分野において、情報の塊(パケット)にヘッダとして相手宛先アドレスを付し、そのアドレスに従って交換機が情報パケットを相手宛先へと交換動作するものが、本願出願前慣用されていたことは、原告も認めるところである。
また、特開昭57-176864号公報(乙第3号証)には、「中央装置10より端末制御装置20へ送信する出力メッセージ1は、どの端末装置宛の出力メッセージであるかを示すDA2と、端末装置への出力データの始まりであることを表わすUI(0)3と・・・共有出力装置50への出力データの始まりであることを表すUI(1)4・・・とから成り、UI(0)、UI(1)なるユニット識別およびUSを定義することにより、中央装置10よりの出力データの性格、つまりこの出力データを端末装置40へ出力するのか、共有出力装置50へ出力するのかを端末制御装置20へ連絡することができる。」(同号証2頁左下欄4~17行)と記載され、端末装置及び共有出力装置のいずれかに出力する必要のあるメッセージを伝送する場合に、上記メッセージに端末装置及び共有出力装置を識別するユニット識別UI(0)、UI(1)を付加すること、すなわち、複数の通信モジュールのいずれかに分配する必要のある情報を伝送する場合に、該情報に分配先を識別する情報を付加する技術が開示されており、同様な技術は、昭和56年度電子通信学会情報・システム部門全国大会講演論文集分冊2(同年9月5日発行)本山外2名「エンベロープススイッチングを用いた音声データ統合通信網」(乙第1号証)、特開昭54-124902号公報(乙第2号証)及び特開昭55-162133号公報(乙第4号証)にも、開示されていると認められる。
以上の事実によれば、電気通信の技術分野で、複数の通信モジュールのいずれかに分配する必要のある情報の塊を伝送する場合に、該情報の塊に分配先を識別する情報を付加する技術は、本願出願前すでに、慣用の技術であったと認められる。
そうすると、引用例発明1において、引用例発明2に示されている前示公知の技術、すなわち、信号化チャネルが1ビットであって、複数の周期的なフレームにわたって該1ビット信号化チャネルからの信号化情報を累積して該信号化情報を得ている構成に変えることを前提として、上記慣用技術に従って、信号化情報中に、分配されるべき第1又は第2の通信モジュールを指定する情報(アドレス)を付加することによって、この情報(アドレス)に従って、累積された信号化情報が第1又は第2の通信モジュールのいずれかに送られるような構成にすることは、当業者が容易に想到し得るものであるということができる。
したがって、審決の相違点(2)についての判断に誤りはない。
2 原告は、引用例発明2は、本願発明のシステムとは異なるシステムに用いられるものであり、本願発明のシステムの中における「信号化情報中のアドレスに従って該情報を分配する」構成とは無関係であるから、相違点(2)についての判断の根拠とはなりえないと主張するが、審決が相違点(2)について第2引用例を挙げたのは、複数の通信モジュールのいずれかに分配する必要のある情報を伝送する場合に、該情報に分配先を識別するアドレスを付加することが慣用技術であるということを示すためであることは、その記載から見て明らかであり、上記慣用技術が本願出願前に存在していたこと自体は、原告も認めるところであるから、原告の主張は採用できない。
そして、上記慣用技術を、複数フレームにわたって1ビット信号化チャネルからの信号化情報を累積して得られる信号化情報に適用する場合に、信号化チャネルを少なくとも2ビットで構成しなくてはならないということはなく、アドレスビットも1ビットずつ分離されて1ビット信号化チャネルで伝送される構成とすることは理の当然のこととして、当業者が格別の困難性なくできるものと認められる。
さらに、原告は、第1引用例では、信号化情報のコード化/デコード化(復号化)の詳細は不明であり、具体化する場合の内容及びその作用効果に関する評価も不確定なものであるから、第1引用例の電話端末にそのようなコード化手法に代わって上記慣用技術を適用するといっても、それにより果して都合どおり本願発明に係る端末の場合にも動作するかは第1引用例の記載内容からでは必ずしも明らかではないと主張するが、前記のとおり、上記慣用技術は、引用例発明1の相違点(1)に係る構成を信号化情報を累積して該信号化情報を得ている構成に変えることを前提として、累積して得た信号を複数の通信モジュールに分配する技術として適用されるものであるから、引用例発明1において、信号化情報のコード化/デコード化(復号化)の詳細が不明であることによって、上記慣用技術を引用例発明1に適用することが困難になるものではないことは明らかであり、原告の上記主張は失当である。
3 以上のとおり、原告主張の取消事由は理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき違法はない。
よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担及び附加期間の定めについて、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)
平成1年審判第12839号
審決
アメリカ合衆国.10022 ニューヨーク、ニューヨーク、マデイソン アヴェニュー 550
請求人 アメリカン テレフォン アンド テレグラフ カムパニー
東京都千代田区丸の内3-2-3 富士ビル602号室
代理人弁理士 岡部正夫
東京都千代田区丸の内3-2-3 富士ビル602号室
代理人弁理士 安井幸一
昭和59年特許願第19308号「双方向通信線路を備えた通信端局装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和59年9月29日出願公開、特開昭59-172877)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
1.本願は、昭和59年2月4日(優先権主張1983年2月4日、米国)の出願であって、その発明の要旨は、願書に添付した明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。
「双方向性通信線路上の時分割チャネルを介して情報の同時交換をするための双方向性通信線路を有する電話端末であって、該線路は該情報チャネルから時分割されている1ビット信号化チャネルを有しそして少なくとも2つの通信モジユールを含むところの電話端末において、該情報チャネルの第1のものにおけるデータを該通信モジュールの第1のもの(例えば21)に指向させそして該情報チャネルの第2のものにおけるデータを該通信モジュールの第2のもの(例えば23)に指向させる手段、及び複数の周期的なフレームにわたって該1ビット信号化チャネルからの信号化情報を累積し、そして該信号化情報中のアドレスに従って該累積された情報を該第1又は第2の通信モジュールのいずれかへと分配する手段(例えば203)とからなる電話端末。」
2.一方、当審における平成4年1月22日付けで通知した拒絶の理由において引用した、特開昭58-19070号公報(以下「第1引用例」という。)には、加入者端末とデイジタル交換機との間がデイジタル回線で接続され、加入者端末が音声端末とデータ端末とを収容している加入者端末システムに関して、加入者側は、加入者端末1、送受話器(音声端末)7及びデータ端末8から構成され、加入者線3でディジタル交換機2に接続されていること(4頁左下欄4行~8行、第4図及び2頁右上欄6行~12行、第1図の記載参照)、加入者端末1は、端末制御回路10、端末チャンネル制御回路11及び表示器15などを有すること(2頁右上欄12行~15行、第1図及び第4図の記載参照)、加入者線3を介して送受される通信フレームは、音声用情報チャンネルV、データ用情報チャンネルD及びこれら情報チャンネルから時分割された信号チャンネルSを有し、信号チャンネルSには受信制御コードあるいは接続制御信号を割りあてること(5頁左上欄16行~18行、第5図の記載参照)、端末制御回路10は、供給された信号チャンネルSの信号が受信制御コードか接続制御信号かを識別し受信制御コードのみをデータ端末8の制御ポート4に供給し、受信された接続制御信号に対応して例えばトーン情報や相手加入者の番号等を表示器15に表示すること(3頁右上欄2行~4行、及び、5頁右上欄4行~7行の記載参照)、端末チャンネル制御回路11は、信号チャンネルS、音声用情報チャンネルV、データ用情報チャンネルDを分離し、それぞれ端末制御回路10、CODEC12を介して送受話器7、データ端末8のデータポート5に供給すること(3頁左上欄17行~右上欄5行、5頁右上欄1行~4行、第4図の記載参照)が記載されている。
また、同じく引用した、IEEE TRANSACTIONS ON COMMUNICATIONS、VOL. COM-30, NO.9 (SEPTEMBER 1982) H. OGIWARA, Y.TERADA “Design Phi1osophy and Hardware Implementation for Digital Sub-scriber Loops” p.2057-2065(以下「第2引用例」という。)には、1つの加入者線で同時に複数の加入者端末の通信が可能なINSシステムが記載されており、その加入者線信号方式の構成に関して、64kbit/sと16kbit/sの情報チャネルと8kbit/sの信号チャネルで構成すること、そして、2つの情報チャネルに対して1ビットの信号チャネルが用いられること(2059頁及び2060頁Fig.4)、カスタマアクセス インターフェースに関して、1つの情報チャネルのための信号ビット列は周期的な20マルチフレームのフレームから1つおきに1ビットずつ合計10ビット取り出され、そこにはアドレスやメツセージが含まれること(2059頁Fig.2、Fig3)、が記載されている.
3.本願発明(以下「前者」という)と第1引用例に記載されたもの(以下「後者」という)を比較すると、前者の「電話端末」は後者の「加入者端末1」、「音声端末7」及び「データ端末8」に、前者の「情報チャネルの第1のもの」は後者の「音声用情報チャンネルV」に、前者の「情報チャネルの第2のもの」は後者の「データ用情報チャンネルD」にそれぞれ相当し、後者のチャンネルSには接続制御信号と受信制御コードが割り当てられること、受信制御コードはデータ端末8の制御ポート4に供給され、端末制御信号は端末制御回路10で受信され、端末制御回路10は受信された接続制御信号に対応した情報を表示器15に表示するのであるから、接続制御信号は実質的に表示器15に供給されるものであること、また音声情報はCODEC12を介して音声端末7へ、データ用情報はデータ端末8のデータポート5へ分配されることから、前者の「信号化チャネル」、「通信モジュールの第1のもの」及び「通信モジュールの第2のもの」は、後者の「信号チャンネルS]、「送受話器(音声端末)7と表示器15から構成される部分」及び「データ端末8」にそれぞれ対応し、後者の「加入者線3」は、後者の明細書中には双方向性とは明記されていないが、加入者線に双方向性線路を用いることは周知であることから前者の「双方向性通信線路」に対応させることができ、前者の「該情報チャネルの第1のものにおけるデータを該通信モジュールの第1のもの(例えば21)に指向させそして該情報チャネルの第2のものにおけるデータを該通信モジュールの第2のもの(例えば23)に指向させる手段」は、後者の「端末チャンネル制御回路11」に相当し、さらに、前者の「信号化情報中のアドレスに従って該累積された情報を該第1又は第2の通信モジュールのいずれかへと分配する手段」は、信号化情報の内容を判定して該情報を分配する点において後者の「端末制御回路10」に対応するから、両者は、「双方向性通信線路上の時分割チャネルを介して情報の同時交換をするための双方向性通信線路を有する電話端末であって、該線路は該情報チャネルから時分割されている信号化チャネルを有しそして少なくとも2つの通信モジュールを含むところの電話端末において、該情報チャネルの第1のものにおけるデータを該通信モジュールの第1のものに指向させそして該情報チャネルの第2のものにおけるデータを該通信モジュールの第2のものに指向させる手段、及び信号化情報の内容を判定して該情報を該第1又は第2の通信モジュールのいずれかへと分配する手段とからなる電話端末。」で一致し、次の点で相違する。
(1)前者は、その信号化チャネルが1ビットであって、複数の周期的なフレームにわたって該1ビット信号化チャネルからの信号化情報を累積して信号化情報を得ているのに対し、後者にはこの点が記載されていない点。
(2)前者は、信号化情報中のアドレスに従って該情報を分配するのに対し、後者は、信号チャンネルSの信号が受信制御コードか接続制御信号かを識別して分配する点。
4.そこで、上記相違点について検討する。
相違点(1)について
上記第2引用例の記載から、信号チャネルが1ビットであって、複数の周期的なフレームにわたって1ビット信号チャネルからの情報を累積して信号情報を得ることが公知であるから、この相違点に発明の存在を認めることはできない。
相違点(2)について
複数の通信モジュールのいずれかに分配する必要のある情報を伝送する場合に、該情報に分配先を識別するアドレスを付加することは、上記第2引用例にも記載されているように慣用されていることであるから、信号化情報中のアドレスに従って信号化情報を分配することは、当業者が容易に想到実施しえる程度の事項にすぎない。
そして、上記相違点にかかる構成による効果も、当業者の予測し得る程度のものであって、格別のものとも認められない。
なお、審判請求人は、第1引用例の記載に関して、第1引用例における従来例である第2図及びそれに関連する説明を指摘して、第1引用例記載のものは、装置各々に対する信号方式チャネルを用いている旨主張しているが、当審が前記拒絶の理由で第1引用例の記載として指摘した部分は、第5図及びそれに関連した第1引用例における「本願発明」の部分であり、そこには、既に述べたとおり、信号チャネルを2つの異なる通信モジュールに関する制御信号の伝送に用いる趣旨のことが記載されているから、審判請求人のこの点に関する主張は採用できない。
5.以上のとおりであるから、本願発明は、上記第1引用例、及び第2引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得たものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成4年10月8日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
請求人 被請求人 のたの出訴期間として90日を附加する。